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既成アロハシャツでムーブメントを起こしたキング・スミス

今回は、アロハシャツの伝説的ブランドについて語ります。アロハシャツという言葉をはじめて使ったのはムサシヤだったということは「アロハシャツ伝説のブランド、ムサシヤ」で語りましたが、このアロハシャツという言葉は1937年にキング・スミスというブランドが商標登録しています。

以後、20年間アロハシャツという言葉は、他店の広告で使ってはいけないことになったのです。やられましたね。キング・スミスは、中国系のエラリー・J・チャンによって創業。チャンの手腕は、アロハシャツの商標登録だけではなく、いち早く「既成のアロハシャツ」に目をつけ、爆発的にヒットさせたことでも有名。

アロハシャツが生まれた当時は「仕立て屋」が客のオーダーを受けて作るのが主流だったのですが、チャンは既製シャツなら客がその場で着ることが出来ると考えたのです。「現地の人間が着ることができ、観光客の土産にもなるカラフルなシャツをつくろう」というチャンの狙いは、見事に当たりました。商売上手ですね~チャンさん。

キング・スミスのアロハシャツはデザインのセンスもよく、その一枚はカリフォルニア州サンフランシスコのチャールズ・ド・ヤング博物館に所蔵されています。

アロハシャツ伝説のブランド、ムサシヤ

「初めてアロハシャツを作ったのは誰か」という問には、諸説あって今も議論が絶えません。でも、「アロハシャツ」という言葉をはじめて使ったブランドは、ムサシヤだと言われています。ムサシヤ・ショーテン(後にこの店は売却され、ムサシヤ・ザ・シャツメーカーという別店を開店)は、宮本孝一郎が作ったブランド。

孝一郎は日本育ちなのですが、1920年ハワイで衣類の販売店を営んでいた父の跡を継ぐことになりました。英語はたどたどしく商売の経験もなかったコウイチロウでしたが、とてもインパクト大の広告キャンペーンを放ちます。

それは、日本語なまりの英語コピーを使い、孝一郎の似顔絵を出すという、日本人であることを全面に押し出したものでした。それが当時のハワイアンにうけ、ソロバンで計算し客に丁重におじぎをしたコウイチロウの人柄もあって、たちまちムサシヤは有名ブランドになります。

当時はまだ注文仕立て、つまりオーダーメイドシャツが多かった時代でしたが、その顧客リストを見るとこのブランドがいかに成功していたかがわかります。

ジョン・バリモア(ドリュー・バリモアのおじいさん)、アラン・ラッド、メアリー・ピッグフォード、シャーリー・テンプル。今の人にはピンとこないかも知れませんが、みんなハリウッドの大スターです。

こうして世界一有名なハワイブランドのひとつとなったムサシヤ。残念ながら1968年には店を閉じてしまうのですが、孝一郎の似顔絵入りタグの付いたヴィンテージアロハシャツはコレクター垂涎の品となっています。

近年、復刻版プリントのアロハシャツまで登場しました。なお、ムサシヤの「ムサシ」は、祖国の地名からとったとされていますが、創業者の名字が宮本なんで、どう考えても宮本武蔵からとったと思われてなりません。説明が面倒だったから「地名」と言ってたんじゃないですか、孝一郎さん。

リゾート挙式に招かれた時のアロハシャツ

ハワイやグアムでリゾートスタイルの式をあげる カップルが増えていますね。 現地でのリゾートウェディングに招かれたら、 アロハで参列するのも素敵ですよ。 通常の挙式なら、正装は黒などシックな色が中心ですが、 リゾートウェディングで着るアロハは、派手な色でもOK。 「もう歳だから派手なアロハは恥ずかしい」という方、 心配はご無用です。 ハワイの青い空の下なら、年齢に関係なく 鮮やかなアロハシャツが似合うもの。 もちろん試着して似合うことが一番ですが、 臆することなく着こなして欲しいと思います。 夫婦で参列する場合なら、おそろいの柄のアロハシャツと ハワイアンドレスをチョイスするのも素敵です。 新郎・新婦からご両親にペアでプレゼントする こともあるそうですよ。 さて、肝心の着こなしですが、上がアロハなら、 パンツはベージュやライトグレーなどの落ち着いた コットンのパンツを合わせましょう。 半ズボンは駄目です。 足元も革靴を合わせるのがマナーです。 アロハで参列すると、親族もゲストも、 いっそう幸せな気分になれますよ。